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素晴らしい動画ですね、奈良出身者である小生、また特に嫁さんは明日香出身なので、いまは東京に住んで30年たちますが、涙腺が緩みました。感謝。
コメントを嬉しく読ませていただきました。ありがとうございます😊
田舎に帰って故郷の発展に尽力してください。
明日香村には、よくいきました。わくわくしながら、貸自転車を借りて遺跡巡りをしました。今、世界遺産に登録しようとしていますが、反対です。外国の方に荒らしまくりそうで。そっと この のぞかな風景を残してほしいです。 なにせ、日本国の貴重な、遺跡が、残っているので。犬養 孝さんが、喜ぶはずが、ありません。
私も最近大元出版の本を読み、また他の本も読み、記紀とは異なる真実の歴史を知ることになり、ますます引き込まれています。RUclips見る時間ある時は、IRISさんの動画もチェックさせて頂いています。この3月は大神神社等にご参拝してきました。関東からなので、頻繁には大和の方にいけないのが残念です。
大元出版さんの本は興味深く、読むほどに納得します。私の動画も観てくださってありがとうございます😊大神神社の参拝も素晴らしい!ありがとうございます。嬉しいです🌸
記紀とは別の興味深い内容にいつもワクワクしながら観ています。動画の冒頭で出てくる甘樫丘(明日香村)から北西に約 1km の所に今でも石川町(橿原市)という地名や石川池があります。これもきっと蘇我氏と深い関係があるのでしょうね。私の住む大和高田市界隈には古墳時代の人物や出来事に由来する地名や駅名が多く、由来を調べるだけで結構ワクワクします。例えば葛城、巨勢、磯城、曽我(蘇我)、忌部、竹内(武内)、雷丘(いかづちのおか)、香久山、浮孔(うきあな)忍海(おしみ)などなど。雷丘の現住所は「奈良県高市郡明日香村雷」で、雷(いかづち)って住所は勝手に日本一カッコいい地名だと思っています。
雷 素敵ですね😊歴史を物語る地名の様々、興味深いです。コメントありがとうございます😊とても嬉しいです🌸
先日行ってきた時に自転車でまわったのですがありました!雷!!めちゃくちゃかっこいい!!奈良時代はとてもすきです!!キトラ古墳も石舞台もサイコーでした!小学校の歴史資料集でみて以降ずーーーっと憧れの土地です!!
はじめまして。出雲口伝は興味あって読んでいましたので、こうやって動画で教えていただくと分かりやすいです😊ありがとうございます
観ていただけて嬉しいです🌸ありがとうございます😊
美しい動画を毎回ありがとうございます。日本の原風景は照葉樹林文化の中にあります。山🗻森、竹の林、小川、滝が連なる渓谷。これらの自然に包まれた古き善き時代に誘うこのチャンネルさんに感謝します。😊
ご視聴、ありがとうございます😊嬉しいです🌸
奈良に越して5年となります。元々は関東の出身で、関西に越して来る際も奈良は一番縁のない土地と感じ大阪や兵庫で暮らしました。ところが諸事情により奈良に住むようになり、奈良の歴史に触れるとこんなにも魅力のある土地であったのかと思い知らされました。これからももっと深く奈良の事を知りたいです。
奈良のお住まい、良い環境ですね🌸歴史が身近にありますね。羨ましいです。コメントありがとうございます😊嬉しいです🌸
ありがとうございます^^ 飛鳥寺 ご住職のお話は良かったです。蘇我氏の伝承は、カワチ アスカ エチゴ シナノ方面にも残ってますね...いろいろ繋がっているのは、隠蔽されている???しっかり残ってますね。動画の語りが、心に残ります💦 ありがとうございます!
ありがとうございます😊プロフィール画像、ばっちりです!嬉しいです🌸
勉強になります😊ヒスイの色が好きですたくさんの人の努力があって今日があることに感謝しました
奈良、明日香😊大好きな土地です。学生時代を関西で過ごしたので、よく足を運びました。自分にとってのパワースポット(?)のように、安心できるところです。今週半ば、山口県立美術館で『奈良 大和路のみ仏展』で貴重なみ仏を拝観することができました。渡来系の痕跡がたくさん見受けられ、感動で手汗が止まりませんでした💧これから他の動画も見ますね!配信ありがとうございます🙏🏻
コメントをありがとうございます😊とても嬉しいです🌸
継体天皇と蘇我氏の関係。面白く見させていただきました。継体天皇といえば磐井の乱。蘇我氏は乙巳の変で潰えてしまう。この二つに共通することがあるのだろうか?ふと、思ってしまいました。蝦夷が火を放って天皇記や国記を焼こうとした理由は何だったのか?その後、藤原氏の世となって倭国はどこかに消え日本という名が定着していく。これも歴史の過渡期の出来事なのか?見返すとわからない事ばかりですね。口伝というのは世には出てこない貴重なお話、有難うございました。
こちらこそ見ていただきまして、ありがとうございます!口伝から、歴史の裏側を見たような思いを綴りました。コメント、とても嬉しいです😊
偶然こちらの動画を見つけ、嬉しくて嬉しくて頷きながら見させていただきました。古代史、特に飛鳥時代が好きで毎年のように飛鳥に訪れては入鹿の首塚にお参りしています。関裕二さんの本を読んでから、学校で習った歴史は当時の権力者によって改ざんされたのではないかという思いが強くなり、益々入鹿ファンになってしまいました。思えば出雲大社にお参りした時、本殿の真後ろにひっそりと蘇我の社がありましたっけ😮因みに会社の取引先で富さんと言う方がいて、ご出身はと伺ったところ出雲の富家の分家だというので仕事中にもかかわらず話が弾んでしまいました😅これから他の動画も喜んで見させていただきす。❤❤❤
富家のご子孫さんに合われるのはご縁ですね😊観ていただけて大変嬉しいです🌸コメント、ありがとうございます!
百済と深い繋がりがあった継体。その側近として北陸の蘇我が大和に君臨することとなり、在地の物部と張り合うという構図は面白いですね。壬申の乱をへて、蘇我氏全体の没落が明らかになってからも不比等の正妻に蘇我氏が選ばれるなど、蘇我氏(石川氏)は唯一の大臣家として貴種のステータスを持ち続けていたのでしょう。
コメントありがとうございます😊嬉しいです🌸
先日行ってきたばかりです!!とても素晴らしかった🚗³₃何回も通いたいです!!
長閑なところですね。コメントありがとうございます🌸嬉しいです。
凄い…本当に勉強に成りました誠に、ありがとうございます
ありがとうございます。コメント嬉しいです🌸
とても興味深い動画です。ありがとうございます。私の父方の祖母の実家は出雲大社から徒歩圏内といいますか直ぐの近い所にございました。毎年のように帰省しておりました。出雲族と縁と繋がりは直感で感じられます。父は数年前に他界しましたが、色々と出雲族や歴史について語っておりました。懐かしいし大人になった今は、もっと内容濃く聞きたかったと深く思います。
お父様の生き方が、出雲そのものだったのでしょうね。コメントをありがとうございます😊嬉しいです🌸
空が美しく綺麗ですね。出雲は謎が多いけど、出雲大社が現存してますからね。大変勉強になりました。
自然はが美しくあると心安らぎますね😊コメントありがとうございます😊嬉しいです🌸
@@irisyell6626 さまはい。奈良県の空は美しかったです。なにか平和な、なだらかな空がとても良いです。
@@根岸卓磨-f2g様 😊😊😊 良い日ですね
仏教推進派の石川臣蘇我氏と古神道擁護派中軸の中臣氏による宗教戦争の色合いが濃い様ですが、背景に景教や道教の融合などの影響も出ている様です。二家以外の豪族や海外諸国の思惑による外圧も強かったのでしょうし、とても複雑な時代の様ですね。近くの飛鳥にある4世紀後半とされる話題の富雄丸山古墳の被葬者とのつながりも興味深いですね。
景教、道教の力もあるでしょね。天智天皇の中央集権政策が始まり世の中が変わろうとしていたのですね。いつもありがとうございます!とても嬉しいです🌸😊
イロイロ繋がります!
ありがとうございます😊
出雲口伝 乙巳の変の蘇我氏の正体 継体天皇 入鹿神社 はいいですね。ご案内ありがとうございます。
一昨年、多武峰にある談山神社に行ってきました。(石舞台古墳も、飛鳥寺にも行ってますよ♪)多武峰、中大兄皇子と中臣鎌足(鎌子)が謀議を巡らした処と云われていますが、其れは其れは山深い処。マァ~正義の士の会合には相応しからぬ、悪意の士が悪事を謀るには良さそうな処です。藤原不比等総合監修の「日本書紀」が何を云おうが、実は蘇我氏がホワイトで有った事、此の処は明るみに出てきつつあり、喜ばしい事です。
争いのない、嘘のない世界がみんな幸せですね😊コメントをありがとうございます😊嬉しいです🌸
興味深いことばかりですが。古い歴史を知る複雑な思いも正直なところ。国の平安を祈ります。🎌⛩️
心の片隅に置いていただければ幸いです。未来に向け、世界、国民の幸せを願い、国の安泰を望みます。ありがとうございます😊嬉しいです🌸
古代社会は婚姻関係により同盟関係を築き、夜這婚に婿入、母系社会と、現代社会とはかなり違う家制度があったみたいですね。その事を意識しないと古代史の登場人物の関係を誤解しそうです。
おっしゃる通り😊コメント嬉しいです🌸ありがとうございます。
こんにちは😊
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地元住民が拒む・・・ 真実は変えられ、歴史は改ざんされ、言葉失います。心に無意識に根ずく・・・ここは変えられませんね。今日も感動します。IRISさん、ありがとう・・・
宗我坐宗我都比古神社では、地元の方が大切に神社を守っておられました。お声もかけていただき、朱印の案内もしてくださいました。今でも、地元民から愛されています😊ありがとうございます。嬉しいです🌸
出雲王朝 存じ上げております。 ご安心ください、勇気のある 投稿に感謝申し上げます❤
越国 飛騨 継体 蘇我氏 縁ありますね。継体天皇の祖母 飛騨人 奥様 熱田 今の東海 継体天皇母系 三尾 江沼、側室は凄いぞ。
深いところをありがとうございます😊嬉しいです🌸
動画ありがとうございます。隠された歴史を調べていますが、なかなか見つかりません。東北の蝦夷、くまそ、そして蘇我馬子、えみし、入鹿と、おかしな言い方は支配者側には都合が悪く隠されているのだろう、蘇我氏について真実を知りたいと思っていました。この動画を見つけてよかったです(私はどうも出雲系のようで…)。知れば知るほど涙が出ます…
出雲口伝は記紀とは違う歴史を伝えていますね。観ていただけて嬉しいです😊コメント、ありがとうございます🌸
いつの世も都合が悪いと替え玉が登場するのですね。ニンゲンの本性ってなかなか進化しないんですね。両親が奈良と岩手出身で、最近どちらも出雲ゆかりと知り、縁が繋がってゆく面白さ。どちらの、いえどなたでも先人の方々に手を合わすことが出来ありがたく思います。
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素晴らしい動画をありがとうございます❤苗字が石川なのと 蘇我氏との関係気になっていたので とても胸に響きました。
見て下さってありがとうございます😊コメントもとても嬉しいです🌸
聖徳太子だけ名がないですね歴史書は勝者の歴史を残します負けた物は名が残りませんしかしその功績は消すことができないので仮の名を付けて形式的に残しておきます真の歴史は明かされる事はないですがこうして片鱗を見られる事はとてもありがたいです
ご視聴ありがとうございます😊とても嬉しいです🌸
IRISさんの動画いつも楽しく見たり、また学んだりさせて頂いております。直近のUP動画でコメントさせていただいておりますが、実はこの動画で最初に出会いました。2年程まえ奈良え旅しました。飛鳥もバスで巡りました。飛鳥寺、入鹿の首塚も行きました。古代日本の大事件の地ですがひっそりとたたずんでいたのが印象的で蘇我入鹿が悪人との印象は全く感じられませんでした。むしろ大事に守られてきた印象でした。記紀とは違う史実があったと確信すらすることを感じて帰途についたことを思い返した次第です。口伝はその思いを後押しくれるように感じております。今後とも別の動画を楽しみにしております。
甘樫丘に登り、古代人は、ここで飛鳥と斑鳩そしてヤマトを一望していたんだんな。聖徳太子が馬に乗り、斑鳩まで一直線に走っていく姿もみえたんだろうな。そんなことを、長閑な飛鳥で思いめぐらせました。いわゆる蘇我氏も聖徳太子も、幸せな国を望んでたでしょうね。いつも見て下さってありがとうございます😊コメント、嬉しいです🌸
私の母方は石川です。嫁いでお墓は大和三山を望める明日香にほどちかとこにあるから縁を感じます。今の名字は明日香からでて広まったらしい近畿地方くらいにしか見られない珍しい名字です。
お母様が嫁がれた繋がりも、ご縁を感じずにいられません。ご視聴、コメント、ありがとうございます😊嬉しいです🌸
1分58秒の所で富雄丸山古墳となっている場所は、丸山古墳(畝傍陵墓参考地)であるので間違っています。富雄丸山古墳はもっと北の生駒の近くにあります。
そうですね。間違っています。概要欄で訂正させていただきます。ご指摘ありがとうございます。助かります😊
応神天皇は武内宿禰と神功皇后との子どもだと私は考えています。継体天皇は出雲系なのかもしれませんね!
コメントありがとうございます😊神道家の第七十三世武内宿禰を名乗る竹内 睦泰氏もおっしゃってましたね。大元出版の仁徳や若タケルの本を読むと出雲口伝にはまた違う伝承があります。いつかどうがにするかもしれません。古代史は謎に包まれていますね。それぞれの想い、伝承があり、尊重したいです。ありがとうございます😊嬉しいです🌸
みんな頭良いですね。歴史は私は好きですが、知能指数が低い私方には、多少難しいですね。出雲口伝を求めてあちこち行っているのは、珍しいです。出雲王朝って、日本中に影響を及ぼしたんですね。私も古墳時代の人達みたいに大神神社の子持勾玉御守にめのやさんの出雲式勾玉、チベットの天珠もね。山口県下関の亀山八幡宮の、小型🐡守。賑やかです✨ほとんど、出雲王朝が生んだものです。何故か、優しさが伝わるんよな~。大分弁も出雲弁と似ており、口伝では検出できないとしても、地域には一軒祇園社がありますが、『オギョンサン』と発音します。🥒を食べるな!と言われます。祇園祭には、牛頭天王か須佐之男を祀られるので、シンボルは食べられない。大分県にも出雲王朝の影響力はあるはずです。
色んな事をご存知ですね。楽しく読ませていただきました😊ありがとうございます😊嬉しいです🌸
出雲口伝にご興味が。いろんな所に行かれていますね。😊山口の方言も大分方言に似ています。隣県の広島や福岡より。やはり、出雲(族)の影響があるのでしょうか。大分は弊立神宮もあり、興味深い土地ですね!
すべての道はローマに通ず。古代日本では、すべての道は飛鳥に通じていたようです。明日香=アスカ。愛知県の足助=アスケ。群馬県、栃木県の足利=アシカガ。大和と毛野の繋がりが分かります🎵😊
そうなんですね😊秘めた国、繋がりますね🌸ありがとうございます!
蘇我の蝦夷=エミシ=毛人。蘇我の馬🐴子=馬🐴を司どる人=司馬?蘇我のいるか=入るか=入鹿=入る賀庄?高麗の国から馬🐴=駒を携えてやって来た?✴️
足助も飛鳥から来ている?のですか?
どう思いますか?足助神社の祭神は、南朝支持の足助太郎です。…………衣母神社は、源義経の家臣。…………猿投神社は、景行天皇の、孫ですね。
石川臣というのは蘇我倉山田石川麻呂という人ですね。蘇我氏の中の一分派の人らしい。
稲目の息子・石川臣麻古は河内国の石川郷から、大和国高市郡〔現橿原市大軽町〕に移住しました。そこから東南方面は「遠つ飛鳥」と呼ばれるようになった。出雲口伝より コメントありがとうございます😊
音楽の音量を下げていただけるとお話しが聞きやすいです、
以前よりボリューム下げていますが、大きいかな・・・・💦コメントありがとうございます😊嬉しいです🌸
こちらは、蘇我入鹿様の魂とご縁のある内山弘一さんと、藤原不比等様との霊言動画です。いかにして歴史が改竄されてきたのかがよく分かる内容ですので、ご参考にして頂ければ幸いです🙏合掌ruclips.net/video/XgkrwBrAVoc/видео.htmlsi=kiMHYXnEw8sE_1Ad
みせていただきます。ありがとうございます😊嬉しいです🌸
ありがとうございます。
福島県福島市の信夫山は、欽明天皇の后と皇子が六人のお供と7人の宮人とともにお住いだった場所です。飯坂町湯野には奈良時代、大きなお寺が建てられていました。また、奈良から東北まで、大きな真っ直ぐな道が有ったことが、郡山市の上空写真から推察されるそうです。ナガスネヒコは東北に帰った話もあるし。意外なつながりがあるのだと思いました。あっ、そう言えば継体天皇を見つけ出した大伴金村の孫、崇峻天皇のお后の小手姫も、福島県の川俣町、月舘町あたりに根をおろし、人々に養蚕を教えたと言われています。昔のほうがダイナミックな交流が有ったのかもしれませんね。
面白いお話をありがとうございます!コメントありがとうございます😊嬉しいです🌸
明治の時に、神社の御祭神の名前結構変えちゃってますよね。出雲大社も変えられてるし、元に戻して欲しい。地元の人とか、昔の御祭神を心で思ってても、時間とともに忘れて行ってしまうんですよね。正しい歴史の捏造になっちゃってるんですよね。
歴史の眺めかたで、見えてくる世界は変わりますね💦コメントありがとうございます😊嬉しいです🌸
@@ピーソニ さま他にも動画アップしています。よければどうぞ。
すみません指摘させてください2分あたりの地図上の富雄丸山古墳とされる位置が、かなり南にずれてると思いますご指定の位置は恐らく、〝畝傍の丸山古墳〟と思います富雄地区じたい、もっと北にあります
以前に概要欄で訂正させていただいてます。ご覧ください。ありがとうございます😊
はい!
観て下さってありがとうございます😊
歴史は真逆に捉えると、まず間違いない。理由はお分かりでしょう。勝者の歴史が記録されて来ているからです。
コメントありがとうございます😊歴史を習ってきて、反対の動画をつくるのは、ちょっと気合がいります。嬉しいです🌸
@@irisyell6626 1925年にブラジルの古代都市を探して消息を絶ったイギリス人探検家フォーセット大佐(映画インディアナジョーンズのモデル)の行動を辿って感染症コロナ以前に、埋没している「古代都市」の痕跡を見つけました。■アガデミズムはこの探検家の行為を、先住民のホラ話に乗せられていると公言していました。その断言は間違っていましたる。これの証明だけでも痛快です。この遺跡周辺には、当該地域に残る神話伝承に語られる内容が、巨大石英塊(H-15m×W20)に描かれているのも発見。この図像群は王立天文台ドクターから意見を受けています「この図像の中の幾つかは、私の著作で述べた隕石の擬人化されたものです」と言うものです。痛快な発見は、こうして2つの出来事にありました。戦い続ける人の心を、誰もがわかっているなら、戦い続ける人の心はこんなには燃えないだろう。
乙巳の変の時に加担した蘇我倉山田石川麻呂。同属の入鹿の殺害に協力したというのはどのような経緯があったのか。不思議です。
真実は如何にですね💦ご視聴、コメントありがとうございます😊嬉しいです🌸
敏達天皇はびんたつてんのうでは無くびだつてんのうです。
飛鳥に行くと、蘇我氏というのはサカ族だったんだろうなと思います。
そうなんですね😊
権力闘争の結果で勝者が書き換えるのは如何ともしがたいですが、石舞台古墳を破壊したのは許せない暴挙だと思う。
コメントありがとうございます😊嬉しいです。
入婿ならば男系(Y 染色体)はそこで途切れている。
出雲口伝によれば、そういう事になりますね💦出雲族は女系です。コメントありがとうございます!
石川氏イコール葛城氏 蘇我氏が藤原氏 藤原氏を名乗らない葛城氏が石川氏私が調べた蘇我氏です
いろんな見方、説がありますね😊良く調べられています。コメントありがとうございます😊嬉しいです🌸
管玉は「カンダマ」と読まず「くだたま」と読むと習ったことがあります。動画では「かんだま」ですか。重箱読みね。
おっしゃるとうりです。管玉はくずだまと読みます。概要欄で訂正させていただきます。助かりました。ありがとうございます😊
@@irisyell6626 「くだたま」と思います。「くずたま」では発音が異なるというか読みがおかしくないですか。
すみません。たびたび。コメント欄にはくずたまとかいてしまいました。ごめんなさい。概要欄にはすでに、くだたまと訂正させていただいてます。ありがとうございます😊とても嬉しいです🌸
蘇我氏も 物部氏も 悪者にされてますねー‼️‼️真実は どうなのか⁉️⁉️
ご視聴ありがとうございます。あくまでも、出雲口伝です。コメント嬉しいです🌸
中臣鎌足は実在したのかも怪しい人物ですよ。
コメントご視聴ありがとうございます😊
仏具に伴う財(今でいう利権)争いでは⁇...
世の中をいい方向に進めようとして、みんな自分のやり方にこだわり過ぎましたね💦コメントありがとうございます😊嬉しいです🌸
この時代、天皇の先祖、なにしていたの?
政治していましたよ😊
富雄丸山古墳の位置がデタラメ他にも違う箇所散見
概要欄よんでいただけてますか。はやくコメントで指摘いただいて、すぐさま概要欄にお詫びと訂正文を書かせていただいています。未熟者ですが、真剣に、皆様に観てもらいたいと思って作っています。
バッグの音が耳に残って説明が聴き取りにくいですね、もう少し落として欲しいです
参考にさせていただきます。コメントありがとうございます😊
蘇我馬子の編纂した天皇記と国記を読みたいなあ😢中大兄皇子め、
読みたいですね😊ありがとうございます🌸
ちなみに、日本書紀の表記は「中大兄」であって、「皇子」は付いてません。私はこの人物は当時日本に人質として居た百済王子・豊璋だと思います。
素晴らしい動画ですね、奈良出身者である小生、また特に嫁さんは明日香出身なので、いまは東京に住んで30年たちますが、涙腺が緩みました。感謝。
コメントを嬉しく読ませていただきました。
ありがとうございます😊
田舎に帰って故郷の発展に尽力してください。
明日香村には、よくいきました。わくわくしながら、貸自転車を借りて遺跡巡りをしました。今、世界遺産に登録しようとしていますが、反対です。外国の方に荒らしまくりそうで。そっと この のぞかな風景を残してほしいです。 なにせ、日本国の貴重な、遺跡が、残っているので。犬養 孝さんが、喜ぶはずが、ありません。
私も最近大元出版の本を読み、また他の本も読み、記紀とは異なる真実の歴史を知ることになり、ますます引き込まれています。RUclips見る時間ある時は、IRISさんの動画もチェックさせて頂いています。この3月は大神神社等にご参拝してきました。関東からなので、頻繁には大和の方にいけないのが残念です。
大元出版さんの本は興味深く、読むほどに納得します。
私の動画も観てくださってありがとうございます😊
大神神社の参拝も素晴らしい!
ありがとうございます。嬉しいです🌸
記紀とは別の興味深い内容にいつもワクワクしながら観ています。
動画の冒頭で出てくる甘樫丘(明日香村)から北西に約 1km の所に今でも石川町(橿原市)という地名や石川池があります。これもきっと蘇我氏と深い関係があるのでしょうね。
私の住む大和高田市界隈には古墳時代の人物や出来事に由来する地名や駅名が多く、由来を調べるだけで結構ワクワクします。例えば葛城、巨勢、磯城、曽我(蘇我)、忌部、竹内(武内)、雷丘(いかづちのおか)、香久山、浮孔(うきあな)忍海(おしみ)などなど。
雷丘の現住所は「奈良県高市郡明日香村雷」で、雷(いかづち)って住所は勝手に日本一カッコいい地名だと思っています。
雷 素敵ですね😊
歴史を物語る地名の様々、興味深いです。
コメントありがとうございます😊とても嬉しいです🌸
先日行ってきた時に自転車でまわったのですがありました!雷!!めちゃくちゃかっこいい!!奈良時代はとてもすきです!!キトラ古墳も石舞台もサイコーでした!小学校の歴史資料集でみて以降ずーーーっと憧れの土地です!!
はじめまして。出雲口伝は興味あって読んでいましたので、こうやって動画で教えていただくと分かりやすいです😊ありがとうございます
観ていただけて嬉しいです🌸ありがとうございます😊
美しい動画を毎回ありがとうございます。日本の原風景は照葉樹林文化の中にあります。山🗻森、竹の林、小川、滝が連なる渓谷。これらの自然に包まれた古き善き時代に誘うこのチャンネルさんに感謝します。😊
ご視聴、ありがとうございます😊
嬉しいです🌸
奈良に越して5年となります。元々は関東の出身で、関西に越して来る際も奈良は一番縁のない土地と感じ大阪や兵庫で暮らしました。
ところが諸事情により奈良に住むようになり、奈良の歴史に触れるとこんなにも魅力のある土地であったのかと思い知らされました。
これからももっと深く奈良の事を知りたいです。
奈良のお住まい、良い環境ですね🌸
歴史が身近にありますね。
羨ましいです。
コメントありがとうございます😊嬉しいです🌸
ありがとうございます^^ 飛鳥寺 ご住職のお話は良かったです。
蘇我氏の伝承は、カワチ アスカ エチゴ シナノ方面にも残ってますね...
いろいろ繋がっているのは、隠蔽されている???
しっかり残ってますね。
動画の語りが、心に残ります💦 ありがとうございます!
ありがとうございます😊
プロフィール画像、ばっちりです!
嬉しいです🌸
勉強になります😊
ヒスイの色が好きです
たくさんの人の努力があって今日があることに感謝しました
奈良、明日香😊
大好きな土地です。
学生時代を関西で過ごしたので、よく足を運びました。
自分にとってのパワースポット(?)のように、安心できるところです。
今週半ば、山口県立美術館で『奈良 大和路のみ仏展』で貴重なみ仏を拝観することができました。
渡来系の痕跡がたくさん見受けられ、感動で手汗が止まりませんでした💧
これから他の動画も見ますね!
配信ありがとうございます🙏🏻
コメントをありがとうございます😊
とても嬉しいです🌸
継体天皇と蘇我氏の関係。面白く見させていただきました。継体天皇といえば磐井の乱。
蘇我氏は乙巳の変で潰えてしまう。この二つに共通することがあるのだろうか?ふと、思ってしまいました。
蝦夷が火を放って天皇記や国記を焼こうとした理由は何だったのか?
その後、藤原氏の世となって倭国はどこかに消え日本という名が定着していく。これも歴史の過渡期の出来事なのか?
見返すとわからない事ばかりですね。口伝というのは世には出てこない貴重なお話、有難うございました。
こちらこそ見ていただきまして、ありがとうございます!
口伝から、歴史の裏側を見たような思いを綴りました。
コメント、とても嬉しいです😊
偶然こちらの動画を見つけ、嬉しくて嬉しくて頷きながら見させていただきました。古代史、特に飛鳥時代が好きで毎年のように飛鳥に訪れては入鹿の首塚にお参りしています。
関裕二さんの本を読んでから、学校で習った歴史は当時の権力者によって改ざんされたのではないかという思いが強くなり、益々入鹿ファンになってしまいました。
思えば出雲大社にお参りした時、本殿の真後ろにひっそりと蘇我の社がありましたっけ😮
因みに会社の取引先で富さんと言う方がいて、ご出身はと伺ったところ出雲の富家の分家だというので仕事中にもかかわらず話が弾んでしまいました😅
これから他の動画も喜んで見させていただきす。❤❤❤
富家のご子孫さんに合われるのはご縁ですね😊
観ていただけて大変嬉しいです🌸
コメント、ありがとうございます!
百済と深い繋がりがあった継体。その側近として北陸の蘇我が大和に君臨することとなり、在地の物部と張り合うという構図は面白いですね。壬申の乱をへて、蘇我氏全体の没落が明らかになってからも不比等の正妻に蘇我氏が選ばれるなど、蘇我氏(石川氏)は唯一の大臣家として貴種のステータスを持ち続けていたのでしょう。
コメントありがとうございます😊嬉しいです🌸
先日行ってきたばかりです!!とても素晴らしかった🚗³₃何回も通いたいです!!
長閑なところですね。
コメントありがとうございます🌸嬉しいです。
凄い…本当に勉強に成りました
誠に、ありがとうございます
ありがとうございます。
コメント嬉しいです🌸
とても興味深い動画です。ありがとうございます。
私の父方の祖母の実家は出雲大社から徒歩圏内といいますか直ぐの近い所にございました。毎年のように帰省しておりました。
出雲族と縁と繋がりは直感で感じられます。
父は数年前に他界しましたが、色々と出雲族や歴史について語っておりました。懐かしいし大人になった今は、もっと内容濃く聞きたかったと深く思います。
お父様の生き方が、出雲そのものだったのでしょうね。
コメントをありがとうございます😊嬉しいです🌸
空が美しく綺麗ですね。
出雲は謎が多いけど、出雲大社が現存してますからね。大変勉強になりました。
自然はが美しくあると心安らぎますね😊
コメントありがとうございます😊嬉しいです🌸
@@irisyell6626 さま
はい。奈良県の空は美しかったです。なにか平和な、なだらかな空がとても良いです。
@@根岸卓磨-f2g様
😊😊😊 良い日ですね
仏教推進派の石川臣蘇我氏と古神道擁護派中軸の中臣氏による宗教戦争の色合いが濃い様ですが、背景に景教や道教の融合などの影響も出ている様です。二家以外の豪族や海外諸国の思惑による外圧も強かったのでしょうし、とても複雑な時代の様ですね。近くの飛鳥にある4世紀後半とされる話題の富雄丸山古墳の被葬者とのつながりも興味深いですね。
景教、道教の力もあるでしょね。
天智天皇の中央集権政策が始まり世の中が変わろうとしていたのですね。
いつもありがとうございます!
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ありがとうございます😊
出雲口伝 乙巳の変の蘇我氏の正体 継体天皇 入鹿神社 はいいですね。ご案内ありがとうございます。
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多武峰、中大兄皇子と中臣鎌足(鎌子)が謀議を巡らした処と云われていますが、其れは其れは山深い処。
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藤原不比等総合監修の「日本書紀」が何を云おうが、実は蘇我氏がホワイトで有った事、
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未来に向け、世界、国民の幸せを願い、国の安泰を望みます。
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古代社会は婚姻関係により同盟関係を築き、夜這婚に婿入、母系社会と、現代社会とはかなり違う家制度があったみたいですね。その事を意識しないと古代史の登場人物の関係を誤解しそうです。
おっしゃる通り😊コメント嬉しいです🌸
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お声もかけていただき、朱印の案内もしてくださいました。
今でも、地元民から愛されています😊
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出雲王朝 存じ上げております。 ご安心ください、勇気のある 投稿に感謝申し上げます❤
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越国 飛騨 継体 蘇我氏 縁ありますね。
継体天皇の祖母 飛騨人 奥様 熱田 今の東海 継体天皇母系 三尾 江沼
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深いところをありがとうございます😊嬉しいです🌸
動画ありがとうございます。隠された歴史を調べていますが、なかなか見つかりません。東北の蝦夷、くまそ、そして蘇我馬子、えみし、入鹿と、おかしな言い方は支配者側には都合が悪く隠されているのだろう、蘇我氏について真実を知りたいと思っていました。この動画を見つけてよかったです(私はどうも出雲系のようで…)。知れば知るほど涙が出ます…
出雲口伝は記紀とは違う歴史を伝えていますね。
観ていただけて嬉しいです😊
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いつの世も都合が悪いと替え玉が登場するのですね。ニンゲンの本性ってなかなか進化しないんですね。
両親が奈良と岩手出身で、最近どちらも出雲ゆかりと知り、縁が繋がってゆく面白さ。どちらの、いえどなたでも先人の方々に手を合わすことが出来ありがたく思います。
コメントありがとうございます😊
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素晴らしい動画をありがとうございます❤
苗字が石川なのと 蘇我氏との関係気になっていたので とても胸に響きました。
見て下さってありがとうございます😊
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聖徳太子だけ名がないですね
歴史書は勝者の歴史を残します
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しかしその功績は消すことができないので
仮の名を付けて形式的に残しておきます
真の歴史は明かされる事はないですが
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ご視聴ありがとうございます😊
とても嬉しいです🌸
IRISさんの動画いつも楽しく見たり、また学んだりさせて頂いております。直近のUP動画でコメントさせていただいておりますが、実はこの動画で最初に出会いました。2年程まえ奈良え旅しました。飛鳥もバスで巡りました。飛鳥寺、入鹿の首塚も行きました。古代日本の大事件の地ですがひっそりとたたずんでいたのが印象的で蘇我入鹿が悪人との印象は全く感じられませんでした。むしろ大事に守られてきた印象でした。記紀とは違う史実があったと確信すらすることを感じて帰途についたことを思い返した次第です。口伝はその思いを後押しくれるように感じております。今後とも別の動画を楽しみにしております。
甘樫丘に登り、古代人は、ここで飛鳥と斑鳩そしてヤマトを一望していたんだんな。
聖徳太子が馬に乗り、斑鳩まで一直線に走っていく姿もみえたんだろうな。
そんなことを、長閑な飛鳥で思いめぐらせました。
いわゆる蘇我氏も聖徳太子も、幸せな国を望んでたでしょうね。
いつも見て下さってありがとうございます😊
コメント、嬉しいです🌸
私の母方は石川です。嫁いでお墓は大和三山を望める明日香にほどちかとこにあるから縁を感じます。今の名字は明日香からでて広まったらしい近畿地方くらいにしか見られない珍しい名字です。
お母様が嫁がれた繋がりも、ご縁を感じずにいられません。
ご視聴、コメント、ありがとうございます😊嬉しいです🌸
1分58秒の所で富雄丸山古墳となっている場所は、丸山古墳(畝傍陵墓参考地)であるので間違っています。
富雄丸山古墳はもっと北の生駒の近くにあります。
そうですね。間違っています。
概要欄で訂正させていただきます。
ご指摘ありがとうございます。
助かります😊
応神天皇は武内宿禰と神功皇后との子どもだと私は考えています。継体天皇は出雲系なのかもしれませんね!
コメントありがとうございます😊
神道家の第七十三世武内宿禰を名乗る竹内 睦泰氏もおっしゃってましたね。
大元出版の仁徳や若タケルの本を読むと出雲口伝にはまた違う伝承があります。
いつかどうがにするかもしれません。
古代史は謎に包まれていますね。
それぞれの想い、伝承があり、尊重したいです。
ありがとうございます😊嬉しいです🌸
みんな頭良いですね。
歴史は私は好きですが、知能指数が低い私方には、多少難しいですね。
出雲口伝を求めてあちこち行っているのは、珍しいです。
出雲王朝って、日本中に影響を及ぼしたんですね。
私も古墳時代の人達みたいに大神神社の子持勾玉御守にめのやさんの出雲式勾玉、チベットの天珠もね。山口県下関の亀山八幡宮の、小型🐡守。
賑やかです✨
ほとんど、出雲王朝が生んだものです。
何故か、優しさが伝わるんよな~。
大分弁も出雲弁と似ており、口伝では検出できないとしても、地域には一軒祇園社がありますが、
『オギョンサン』と発音します。
🥒を食べるな!と言われます。
祇園祭には、牛頭天王か須佐之男を祀られるので、シンボルは食べられない。
大分県にも出雲王朝の影響力はあるはずです。
色んな事をご存知ですね。
楽しく読ませていただきました😊
ありがとうございます😊嬉しいです🌸
出雲口伝にご興味が。いろんな所に行かれていますね。😊山口の方言も大分方言に似ています。
隣県の広島や福岡より。
やはり、出雲(族)の影響があるのでしょうか。
大分は弊立神宮もあり、興味深い土地ですね!
すべての道はローマに通ず。古代日本では、すべての道は飛鳥に通じていたようです。明日香=アスカ。愛知県の足助=アスケ。群馬県、栃木県の足利=アシカガ。大和と毛野の繋がりが分かります🎵😊
そうなんですね😊
秘めた国、繋がりますね🌸
ありがとうございます!
蘇我の蝦夷=エミシ=毛人。蘇我の馬🐴子=馬🐴を司どる人=司馬?蘇我のいるか=入るか=入鹿=入る賀庄?高麗の国から馬🐴=駒を携えてやって来た?✴️
足助も飛鳥から来ている?のですか?
どう思いますか?足助神社の祭神は、南朝支持の足助太郎です。…………衣母神社は、源義経の家臣。…………猿投神社は、景行天皇の、孫ですね。
石川臣というのは蘇我倉山田石川麻呂という人ですね。蘇我氏の中の一分派の人らしい。
稲目の息子・石川臣麻古は河内国の石川郷から、大和国高市郡〔現橿原市大軽町〕に移住しました。
そこから東南方面は「遠つ飛鳥」と呼ばれるようになった。出雲口伝より
コメントありがとうございます😊
音楽の音量を下げていただけるとお話しが聞きやすいです、
以前よりボリューム下げていますが、大きいかな・・・・💦
コメントありがとうございます😊嬉しいです🌸
こちらは、蘇我入鹿様の魂とご縁のある内山弘一さんと、藤原不比等様との霊言動画です。
いかにして歴史が改竄されてきたのかがよく分かる内容ですので、ご参考にして頂ければ幸いです🙏合掌
ruclips.net/video/XgkrwBrAVoc/видео.htmlsi=kiMHYXnEw8sE_1Ad
みせていただきます。
ありがとうございます😊嬉しいです🌸
ありがとうございます。
福島県福島市の信夫山は、欽明天皇の后と皇子が六人のお供と7人の宮人とともにお住いだった場所です。
飯坂町湯野には奈良時代、大きなお寺が建てられていました。
また、奈良から東北まで、大きな真っ直ぐな道が有ったことが、郡山市の上空写真から推察されるそうです。
ナガスネヒコは東北に帰った話もあるし。
意外なつながりがあるのだと思いました。
あっ、そう言えば継体天皇を見つけ出した大伴金村の孫、崇峻天皇のお后の小手姫も、福島県の川俣町、月舘町あたりに根をおろし、人々に養蚕を教えたと言われています。
昔のほうがダイナミックな交流が有ったのかもしれませんね。
面白いお話をありがとうございます!
コメントありがとうございます😊嬉しいです🌸
明治の時に、神社の御祭神の名前結構変えちゃってますよね。
出雲大社も変えられてるし、元に戻して欲しい。
地元の人とか、昔の御祭神を心で思ってても、時間とともに忘れて行ってしまうんですよね。
正しい歴史の捏造になっちゃってるんですよね。
歴史の眺めかたで、見えてくる世界は変わりますね💦
コメントありがとうございます😊嬉しいです🌸
@@ピーソニ さま
他にも動画アップしています。
よければどうぞ。
すみません指摘させてください
2分あたりの地図上の富雄丸山古墳とされる位置が、かなり南にずれてると思います
ご指定の位置は恐らく、〝畝傍の丸山古墳〟と思います
富雄地区じたい、もっと北にあります
以前に
概要欄で訂正させていただいてます。
ご覧ください。
ありがとうございます😊
はい!
観て下さってありがとうございます😊
歴史は真逆に捉えると、まず間違いない。
理由はお分かりでしょう。勝者の歴史が記録されて来ているからです。
コメントありがとうございます😊
歴史を習ってきて、反対の動画をつくるのは、ちょっと気合がいります。
嬉しいです🌸
@@irisyell6626
1925年にブラジルの古代都市を探して消息を絶ったイギリス人探検家フォーセット大佐(映画インディアナジョーンズのモデル)の行動を辿って感染症コロナ以前に、埋没している「古代都市」の痕跡を見つけました。
■アガデミズムはこの探検家の行為を、先住民のホラ話に乗せられていると公言していました。その断言は間違っていましたる。これの証明だけでも痛快です。
この遺跡周辺には、当該地域に残る神話伝承に語られる内容が、巨大石英塊(H-15m×W20)に描かれているのも発見。この図像群は王立天文台ドクターから意見を受けています「この図像の中の幾つかは、私の著作で述べた隕石の擬人化されたものです」と言うものです。
痛快な発見は、こうして2つの出来事にありました。
戦い続ける人の心を、誰もがわかっているなら、戦い続ける人の心はこんなには燃えないだろう。
乙巳の変の時に加担した蘇我倉山田石川麻呂。同属の入鹿の殺害に協力したというのはどのような経緯があったのか。不思議です。
真実は如何にですね💦
ご視聴、コメントありがとうございます😊嬉しいです🌸
敏達天皇はびんたつてんのうでは無くびだつてんのうです。
ありがとうございます。
飛鳥に行くと、蘇我氏というのはサカ族だったんだろうなと思います。
そうなんですね😊
権力闘争の結果で勝者が書き換えるのは如何ともしがたいですが、石舞台古墳を破壊したのは許せない暴挙だと思う。
コメントありがとうございます😊嬉しいです。
入婿ならば男系(Y 染色体)はそこで途切れている。
出雲口伝によれば、そういう事になりますね💦
出雲族は女系です。
コメントありがとうございます!
石川氏イコール葛城氏 蘇我氏が藤原氏 藤原氏を名乗らない葛城氏が石川氏
私が調べた蘇我氏です
いろんな見方、説がありますね😊
良く調べられています。
コメントありがとうございます😊嬉しいです🌸
管玉は「カンダマ」と読まず「くだたま」と読むと習ったことがあります。動画では「かんだま」ですか。重箱読みね。
おっしゃるとうりです。管玉はくずだまと読みます。概要欄で訂正させていただきます。
助かりました。ありがとうございます😊
@@irisyell6626 「くだたま」と思います。「くずたま」では発音が異なるというか読みがおかしくないですか。
すみません。たびたび。コメント欄にはくずたまとかいてしまいました。ごめんなさい。
概要欄にはすでに、くだたまと訂正させていただいてます。
ありがとうございます😊とても嬉しいです🌸
蘇我氏も 物部氏も 悪者にされてますねー‼️‼️真実は どうなのか⁉️⁉️
ご視聴ありがとうございます。
あくまでも、出雲口伝です。
コメント嬉しいです🌸
中臣鎌足は実在したのかも怪しい人物ですよ。
コメントご視聴ありがとうございます😊
仏具に伴う財(今でいう利権)争いでは⁇...
世の中をいい方向に進めようとして、みんな自分のやり方にこだわり過ぎましたね💦
コメントありがとうございます😊嬉しいです🌸
この時代、天皇の先祖、なにしていたの?
政治していましたよ😊
富雄丸山古墳の位置がデタラメ
他にも違う箇所散見
概要欄よんでいただけてますか。
はやくコメントで指摘いただいて、
すぐさま概要欄にお詫びと訂正文を書かせていただいています。
未熟者ですが、真剣に、皆様に観てもらいたいと思って作っています。
バッグの音が耳に残って説明が聴き取りにくいですね、もう少し落として欲しいです
参考にさせていただきます。
コメントありがとうございます😊
蘇我馬子の編纂した天皇記と国記を読みたいなあ😢
中大兄皇子め、
読みたいですね😊
ありがとうございます🌸
ちなみに、日本書紀の表記は「中大兄」であって、「皇子」は付いてません。
私はこの人物は当時日本に人質として居た百済王子・豊璋だと思います。